長岡研究室(名古屋大学大学院情報科学研究科物質情報講座)

物質の変化を計算科学する!
−理論的理解とヴィジュアル理解−

研究の背景と概要

実験室  「"化学"反応ダイナミクス」の研究フロンティアを、計算科学的手法を基礎にして、情報論的かつヴィジュアルに研究している。
 「化学」というと"実験室、白衣、フラスコ"などといったイメージが浮かぶかもしれないが、今日「化学」は計算科学の大きな一領域を占めている。特に我が国では、1981年の福井の「フロンティア電子理論」に対するノーベル化学賞受賞からもその一端を知ることができるように、コンピュータ技術を高度に利用して推進する計算化学・理論化学は伝統的に世界的研究レベルにある。
 こうした中で従来の計算化学のイメージを越えた、時間変化と統計性を加味した新しい計算科学的手法の開発と現象の解明を目指している。

研究テーマとその説明

 「化学反応の計算科学的アプローチ」には大きく二つある。一つは「反応速度論」的アプローチである。それは、予想される反応機構に応じて、反応にあずかる分子種の濃度(単位体積辺りの分子数や分圧など)に関する微分方程式系を立て、それらを解くことにより、実験的に得られた生成物の反応機構を決定したり、新たに合成したい生成物を求めるための反応機構を設計したりする。これは収率などの実験値の再現など、かなり実験に密着した手法と言える。
 もう一つは、もう少しミクロから分子を捉えて、反応過程で起こる化学結合の切断と形成を原子レベルから知ろうとする「量子化学」的アプローチである。この立場では、原子レベルで分子反応を見ることで、生成物の分子構造や反応途中の原子の再配列機構を知って、新しい分子合成設計へと結び付けたいという目的がある。本来、「試験管」の中で起こっている化学現象は同じであるが、それを取り扱う立場の違いから、現在、このように二つの計算科学のアプローチがある。
 私の研究室で取り組んできたのは主として後者で、量子化学や理論化学の手法を基礎に、液体や固体などの分子集合系(凝縮系)における「化学反応ダイナミクス」に関する計算科学的研究を推進してきた。1991年、世界的に皆無であった化学反応分子動力学法を提唱し、化学反応を伴った原子・分子の構造変化をつぶさに追跡する手法を実現した。さらにミクロな溶媒効果や非平衡性を第一原理から取り入れた理論的手法を提出した。また、物質内の電子の性質を説明する電子状態理論に基礎をおく分子系ハミルトニアンを用いて、化学反応における分子レベルでの摩擦効果を取り入れた分子摩擦反応理論を考案し、摩擦現象の分子論的な起源を分子内や分子間相互作用にまで還元して理解する方法を提出した。1998年、溶液中に溶け込んだ分子(溶媒和分子)や固体表面に付着した分子(吸着分子)のミクロレベルでの形を決定する方法(構造最適化法)として自由エネルギー勾配法を提唱した。そして、グリシンの異性化反応の定量的な再現と、水溶液中メンシュトキン反応の遷移状態完全最適化に初めて成功して汎用化と実用化への道を開いた。

今後の展開

 近年、サブピコ秒からフェムト秒スケールでの高速な化学現象が、定量的に実験観測できるようになってきた。他方、スーパーコンピュータやネットワーク技術に支えられて、物質現象の"非経験的"シミュレーションが実現しつつある。今後は、実験的に検証され得る原子階層における超多自由度物質系を対象に、@"非平衡・非定常現象"発現機構の微視的解明とA"生命現象"理解へと繋がる非経験的計算科学の方法論の構築を目指して行きたい。さらに、将来的には、第一の「反応速度論」的アプローチと第二の「量子化学」的アプローチとを連続的に接続して理解する研究手法を作り上げたいと夢見ている。