長岡研究室(名古屋大学大学院情報科学研究科物質情報講座)

実験と理論計算のインタープレイによる産業応用

今日、量子化学計算や分子動力学(MD)シミュレーションなどを基盤とする多くの計算科学的手法が発達している。実際、それらの手法と実験的手法を併用して実際的問題の解決に取り組むことが一般的になっている。このように、計算機を用いた原子・分子レベルでの理論的技術(計算分子技術)は、実験だけでは観測が難しい時間・空間スケールでの現象を理解するために役立つことが期待され、さまざまな複雑なシステム(凝集化学反応系生体分子系、それらの複合系非平衡系)へ、あるいは産業上重要な材料やデバイスへの適用が盛んに行われている。このページでは、現在、当研究室が精力的に研究を行っている応用例についていくつか紹介する。


逆浸透膜

 現在、各種の高分子材料が工業生産され、日常生活において幅広く利用されている。その一例に、逆浸透膜として用いられているFT-30膜がある。この膜は、2種類の単量体分子がそれぞれ溶け込んだ水相と有機相との界面において、重縮合反応によって生成される。このとき、逆浸透膜としての性能を向上させるためには、特定の圧力勾配下で塩の除去率を高レベルで維持しながら、水の流速を最大限に引き出すことが求められる。しかし、実験による様々な測定手段によってその特性が調査されていているが、FT-30膜の詳細な微視的構造を確定するには未だ至っていない。そこで、我々は混合モンテカルロ(MC)/MD反応法を用いて、重合反応過程を再現し、原子レベルでその立体構造モデルを作成した。その計算結果と実験結果とを比較することによって、このモデルの妥当性を検討し、膜内への水の浸透や不純物である塩の除去に関する物理化学的機構の解明を試みている。我々の最終目標は、計算機シミュレーションに基づいて高性能な逆浸透膜材料を設計・創製することにある。


図1 逆浸透膜と塩水の透過機構の概念図

【参考文献】

  • Y. Suzuki, Y. Koyano, M. Nagaoka, J. Phys. Chem. B, 119(22), 6776 (2015).

有機金属触媒によるオレフィン重合反応

 我々の身の回りではプラスチック製品が幅広く利用されているが、これらはポリエチレンやポリプロピレンなどの高分子から製造されている。これらの高分子はオレフィン単量体であるエチレンやプロピレンが重合することによって合成されるが、その合成の際に用いられるのが有機金属触媒である。現在、この有機金属触媒の金属原子や配位子の種類を変更することで特徴的な構造や機能を持つ高分子を合成できるようになってきているが、その重合反応の微視的な反応ダイナミクスは十分には理解されていない。そこで我々は、量子化学計算や分子動力学シミュレーション、Red Moon法を駆使することで、これらの微視的な反応ダイナミクスを解明することを目指している。将来的に、計算化学的手法によって、重合反応や合成される高分子を予測・制御し、新たな触媒反応系を設計・提案することを目標としている。

図2 Red Moon法による(pyridylamido)hafnium(IV)触媒のエチレン重合反応のスナップショット

(a) エチレン単量体(緑色)がHf金属原子(橙色)に配位している様子

(b) 重合反応が起き、エチレン単量体がHf金属原子とエチレンオリゴマー部(黄色)の間に挿入された様子

【参考文献】

  • K. Matsumoto, K.S. Sandhya, M. Takayanagi, N. Koga, M. Nagaoka, Organometallics, 35(24), 4099 (2016).
  • K. Matsumoto, M. Takayanagi, S.K. Sankaran, N. Koga, M. Nagaoka, Organometallics, 37(3), 343 (2018).
  • K. Matsumoto, M. Takayanagi, Y. Suzuki, N. Koga, M. Nagaoka, J. Comput. Chem., 40, 421 (2019).

多孔性材料におけるラジカル重合


図3 MOFのナノ細孔の例

 金属有機構造体(MOF, Metal Organic Framework)または多孔性配位高分子(PCP, Porous Coordination Polymers)とは、金属イオンと有機配位子が周期的に組みあがり、内部に細孔が規律的に分布している化合物である。これらの材料は、1990年代後半から注目されており、従来知られていた活性炭、沸石(ゼオライト)などの多孔性材料に比べて大きい細孔表面積、製造の簡易さ、分子精密設計が可能であることなどのさまざまな優れた特性を有しており、ガス貯蔵、ガス分離、固体触媒などに応用されている。

MOF内のナノ細孔におけるビニルポリマー設計・制御

 ビニル樹脂はビニル基を有する単量体の重合で得られる合成樹脂を指す。ポリスチレン(PS)、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)などの汎用プラスチックは家庭用品や建築資材として大量使用されている。現在多くのビニル樹脂は、重合速度が速いラジカル重合により合成されるが、立体構造制御に基づいてポリマーの物性を任意に設計することは困難であるとされている。工業上の各種用途に応じてラジカル重合における高度な立体構造制御法の発展が望まれている。近年の実験研究から、MOF内で合成されるビニル樹脂の立体規則性が、ナノ細孔のサイズや官能基に依存し、著しく変化することが分かっている。しかし、実験からはその微視的な反応機構は未だに解明できていない。MOF内のポリマー立体規則性制御のメカニズムを明らかにすることで、これらビニルポリマーの構造設計や精密制御の実現に向けて重大な指針が得られると考えられる。現在、我々は理論的な分子技術的手法を用い、MOF内の細孔におけるモノマー(PMMAの単量体のMMA)とオリゴマー(パラフィンとオリゴエチレングリコール)の動きを解析し、それらの特異的な挙動を明らかにしてきた。最終的に、ビニルポリマー重合反応を再現し、最適なMOFの分子設計も含めた反応設計を理論的に理解することを目指す。


図4 MOFの細孔におけるPMMAの生長

【参考文献】

  • M. Takayanagi, S. Pakhira, M. Nagaoka, J. Phys. Chem. C, 119(49), 27291 (2015).
  • T. Uemura, G. Washino, S. Kitagawa, H. Takahashi, A. Yoshida, K. Takeyasu, M. Takayanagi, M. Nagaoka, J. Phys. Chem. C, 119(37), 21504 (2015).
(鈴木、竹中、酒井、Purushotham)
キーワード : 高分子逆浸透膜FT-30膜重縮合反応

高分子

高分子とは、分子量が約1万以上である化合物の総称。例えば、プラスティックやナイロン、ポリエステル、ゴムなどが挙げられる。

逆浸透膜

海水や汽水から淡水を造り出すための技術。薄膜を通して不純物である塩をろ過し、水のみを獲得する方法。

FT-30膜

m-phenylenediamine(MPD)とbenzene 1,3,5-tricarboxylic acid chloride(TMC)の二つの単量体分子から形成される芳香族ポリアミド膜。逆浸透を利用した淡水化技術に対して高い性能を有し、逆浸透膜として代表されるポリマー膜。

重縮合反応

縮合重合とも言う。同種または異種の2分子が特定の分子を分離・結合し(縮合)、それが繰り返し生じることで分子量がより大きい化合物が生成される反応(重合)のこと。