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趣旨内容

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 近年、レーザーをはじめとする分子分光学上の技術的進展にともなって、化学反応のダイナミクスに対する実験的な研究が盛んとなっている。そこでは、気相や溶液中、あるいは表面・界面における、励起分子のエネルギー緩和・再分配の動的なメカニズムに関して、ピコ秒から、さらにはフェムト秒の時間スケールでの知見が得られつつある。特に重要な結果として、有機反応や生化学反応などにおける光励起後の振動エネルギー移動の初期過程において、非熱平衡分布が観測されたという以下の報告がある。

  (1) 溶液中の電子励起分子における分子内振動エネルギー移動に関する非熱平衡分布のアン
   チストークスラマンスペクトルによる観測
  (2) レーザー光で誘起される溶液内での発熱現象の観測
  (3) レーザー誘起による半導体の超高速融解に伴う非熱過程の観測
  (4) 生体内反応において現れる緩和過程の直接観測

これらはいずれも、空間的微小領域で起こる短時間スケールの化学反応現象を対象に、「化学反応の過渡的状態で起こるエネルギー移動に関する時間分解解析」を行なったものであり、反応のメカニズムについて重要な実験的情報を提供している。
 凝集系化学反応には、多数個の分子集団を考慮しなければならないことから来る統計性や非平衡性のため、簡単なモデル理論では汲み尽くせない未知の問題が多く潜んでいる。こうした現状に対して、従来、反応過程を理解する枠組を提供して来たのは、

  (1) 遷移状態理論
  (2) Langmuirの吸着等温式
  (3) Michaelis-Mentenの式(酵素触媒反応)
  (4) クラマース−グロート−ハインズ理論

などである。これらには、「反応座標以外の自由度は熱浴として扱える」という基本的な前提が存在する。しかし、上述の実験的研究が示しているのは、こうした前提がもはや成り立たない状況である。実際、分子内・分子間エネルギー再分配において、特定のモード間でのみエネルギーが受け渡される現象が観測され、古典的統計力学の大前提であるエルゴード性が破れている状況が多く知られてきた。同時に、このような現象の解析では”伝統的な意味での”「温度」という概念を使えないと考えられ、新しい概念の創出が期待されている。また、反応座標とそれ以外の(従来熱浴とされて来た)自由度のエネルギーの授受において、反応座標以外の自由度が熱平衡に緩和するよりも速く反応が進行する可能性も示唆されている。このように、化学反応を取り巻く実験的研究の進展とともに、反応過程を理解するための新たな基礎理論の枠組の必要性は日増しに高まっている。

 こうした現状を踏まえ、本基盤研究(C)(企画調査)では、化学反応現象における実験的事実と理論的限界を熟知している化学者と、力学系や統計力学の研究をとおして化学反応現象解明の重要性を認識している物理学者とが共同して、近い将来必ず学術振興上必要性が高くなることが予見できる化学反応現象解明のために、既知理論の充足性を検討しつつ、実験と理論間あるいは化学と物理学間のミッシングリンクを探求すべく研究調査することを目的としている。

 本公開シンポジウムは、「シミュレーション」の現状報告のセッションの後、「拡散過程・熱化過程」と「表面・メソスコピック系」における実験状況の報告と、問題設定と提起を交えた「理論&シミュレーション」的側面からの報告のセッションを設けている。また最終日には実験とシミュレーションが旨く調和を見せてきた「タンパク質ダイナミクス」についてのセッションも設けた。また、初日に設けた「ポスターセッション」での議論も含めて、シンポジウム最後には「パネルディスカッション」を通して参加者全員の自由な意見交換を行い、本シンポジウムの総括とテーマ「化学反応現象に特徴的な非平衡非定常性の解明―現代化学からみた統計理論の再考―」についての将来展望をまとめたい。

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